SEQUEL<7>




一瞬、京介は硬直してしまった。まさか、そんなことを告げられるとは予想もしていなかった。
だが、それが冬香の望みなら、もちろん叶える―――叶えたい。

「ああ」

と浅く頷いて承諾すると、

「わーい」

と言いつつ冬香はソファーの上で両膝を立て、京介と同じ高さの目線になってから、彼の肩に手を置いた。

「あー、えっとォ、目はァ? つむんのかァ?」

「どうしてほしい」

「んーと、じゃあ、つむれェ。オレもつむるゥ」

そして顔を寄せたのだが、意外な障害があった。鼻だ。

「うー、おめえのが高すぎなんだよォ。どうすりゃいいわけェ?」

「顔を傾ければいいんだ」

「おー、そっかァ」

ところが、ふたりして同じ方向に顔を傾けたため、また同じ状態になる。

「あれェ?」

次いで、ふたり同時に反対方向に傾いたせいで、またまた同じことに。

「おまえは動くな」

と言って京介だけが顔を元の方向に戻し、ようやく唇が合わさった。
ムードの欠片もないキスだ。

少ししてから冬香が顔を離し、首をひねる。

「うーん、これじゃあ兄ちゃんたちのちゅーと変わんねえなァ。
えっとォ、なんつうか、もっと、こう……ちゃんとしたヤツ? していっかァ?」

「構わないが、できるのか」

「さー? わかんねえけど、やってみるゥ」

冬香は再び顔を寄せ、京介の唇をついばんだ。
ちゅっ、ちゅっ、と小さな音を立てながら、何度も繰り返す。まるで普段、愛猫にキスするように。

「……あー、これじゃ、ちゃぺとおんなじだなァ」

自分でも気付いた。

「えーっと……?」

助けを乞うように、美顔を見据える。

「わかった」

京介にためらいはない。冬香の望みを叶えることだけしか考えていない。
その顎を片手で支え、触れるだけのキスから始めた。

舌先で唇をなぞり、そっと口を押し開けて歯列を割ると、杏酒の甘い香りと味をまとった小さな舌が現われる。
だが、かすかに触れた途端、ぴくっと震えて奥へ逃げていった。驚いたのか、もしくは怖いのか。
だから深追いはせず、唇を柔らかく食みながら、向こうから近付いてくるのを待つことにする。

その甲斐あって、恐る恐るという感じではあるが、やがて少しずつ自らの意思で触れてきた。
しかし、どういうふうに応えればいいのかわからないと言いたげな、ぎこちない動きだ。
それが妙に愛らしく思えて、乱暴にならないよう気をつけながら絡め、丁寧に入念にねぶった。
杏酒の甘さも、こうやって味わうのなら悪くない。

間もなく、低い呻き声がこぼれた。どうやら、ずっと呼吸を止めていたようで、苦しくなったらしい。
息継ぎの方法がわからないのかもしれない。

「鼻で呼吸するんだ」

唇を離さないまま忠告して、キスを続けた。

今度は、なんとも切なげな声を含んだ吐息が聞こえ始める。
同時に、肩に痛みを覚えた。冬香がギュッとつかんでいるため、指が喰い込んでしまっているのだ。
その声も痛みも、不思議と心地好い。もっともっと、そうさせたい。

次第に慣れたのか、小さな舌が少しずつ積極的な反応を示すようになった。
たどたどしさは残るが、それもまた彼らしくて可愛いと思う。

角度を変え、口内の隅々まで貪った。余すところなく、存分に堪能した。
湿った音が絶え間なく上がり、静かな室内に艶めかしく響く。

やがて冬香が唐突に顔を離した。潤んだ目をして、胸を喘がせながら。
耳まで真っ赤になっているのは、酒のせいばかりではない。

「もういいのか」

「ううん、もっとしてえよ。してえけどォ」

「けど?」

「うー、限界だァ。も、ガマンできねェ」

「なにが」

「だって勃っちまったんだもんよォ。このまんまじゃ痛くてたまんねえから、ちょっとヌイてくるゥ。
風呂ォ、風呂場ァ」

そんなことを平然と言い放ってソファーから下り、歩き出そうとした冬香だったが、
足がもつれて転びそうになってしまい、京介に抱き支えらえた。

「風呂場でいいのか」

「んー、トイレは狭ェからヤダァ。……あれェ? 歩けねえぞォ。なんでェ?」

「酔いが足まで回ったんだ」

京介は冬香を脇に抱え、浴室へ運んだ。

「終わったら呼べ。迎えに来るから」

「おー、あんがとォ。なあ、おめえはァ? チンコなんともねえのォ?」

「ああ、別に」

「ちぇー。なんかズリィなァ、オレばっかなんてさァ」

オレンジ色の髪をくしゃっと撫でてから居間に戻った京介は、ソファーに座ってタバコを咥え、火をつけた。

下半身はなんともないが、気持ちは少しばかり動揺している。
冬香の唇と舌は極上の感触だった。その反応も可憐のひとことに尽きる。
おかげで気付かないうちに我を忘れ、予定以上に濃厚で長いキスをしてしまった。
彼の望みを叶えることしか考えていないはずだったのに、不覚にも自分のほうが行為に夢中になってしまったのだ。

思い起こせば、過去には数え切れないくらい大勢の女と寝たが、あんなキスをしたことは一度もない。
そもそも、それ自体した覚えがあまりない。
そういう欲求を抱いた相手はいなかった。ただ射精だけすれば良かった。

冬香が“ちゃんとしたキス ”を望んだのは、たぶん酒に酔ったせいだ。
だから、もう二度とないはずだ。
今夜のことが彼の記憶に残るかどうかも怪しい。
いったん眠って目を覚ましたら、綺麗さっぱり忘れているかもしれない。
それでいい。そのほうがいい。
いくら寄った勢いとはいえ、自らキスをねだった上に自慰宣言までしたことを憶えていたら、
きっと彼は自己嫌悪に陥り、いたたまれなくなってしまうだろう。
それでなくても最近、こちらのことを意識しつつも、
己れの気持ちを表に出すまい、悟られまい、という態度を取っている冬香なのだ。
ただ、不器用ゆえ上手く隠せなくて、さほど功を奏してはいないけれど。

(―――もし……もし俺が……)

普通の人間だったら、あの子の想いを受け入れられただろうか……?

いや、考えるな。あり得ないことを考えても無駄だ。なんの意味もない。

京介は短くなったタバコを消し、ちゃぺを猫用のベッドに運んで寝かせ、テーブルの上のボトルやグラスなどを片付けた。
そしてコーヒーを淹れ、ゆっくり啜る。

しかし、いつまで経っても冬香の呼ぶ声が聞こえてこない。

居眠りでもしているのだろうかと思い、浴室へ行くと、冬香は浴槽に背中を預けて床に座り、脚を投げ出していた。
Tシャツは着たままだが、下着とジーンズは膝に引っ掛かっていて、下半身が露になっている。
右手を自身に添えているものの、まるでチカラが入らないようで、まともに慰められないらしい。
秘所で起立する小ぶりの茎は、はち切れんばかりに反り返り、痛々しくさえある。
当人も辛いのか、荒い呼吸をしながら肩を揺らすばかりだ。

京介に気付き、冬香が顔を上げた。うつろな瞳は濡れている。

「あー、悪ィ……まだ、終わってねェ……」

かすれた声で言って、何度も唇を舐めた。渇いて仕方ないのだろう。

イキたいのに、イケない。出したいのに、出せない。それが長く続くのは、かなりの苦痛だ。
同じ男だから、よくわかる。

(だが、この場合、一体どうすればいいのか……)

本来なら、即刻退場すべきだろう。
至極プライベートなことなので、他人が関知してはいけない。見ない振りをするのが一番だ。
けれど、放っておくのも気が引ける。このままでは、たぶん、いつまで経っても終わらない。
どんなに時間を掛けたところで、自力で己れを解放するのは不可能だろう。つまり、彼の苦痛が続くということだ。

(―――やむを得ない、か)

すぐに迷いを捨てた京介は、大股で浴室へ入ってバスタブのふちに腰掛け、冬香を抱き上げて後ろ向きに腿に乗せた。
そして彼の下着とジーンズを剥ぎ取り、脚を開かせ、股間に手を伸ばす。
他人の男根に触れるのはもちろん初めてだが、嫌悪感などはない。
というより、これで彼が楽になるのだと思うと、むしろ意欲が湧いてくる。
実際に触ってみたら、見た目以上に硬く張り詰めているのがわかった。

「っ……!」

痩身が大きく震えた。

「い、いいよォ……んなことまで、してくんなくてもォ」

自慰を見られるのは平気でも、触られることには抵抗を感じるらしく、身体をよじって逃げようとする。
だが、逃げられない。京介が放さない。

「俺にも責任がある」

あんなキスをしなければ、冬香を欲情させずに済んだのだ。

「じっとしてろ」

「あっ……あっ……っ……!」

数回
(しご)いただけで、あっさり果てた。

あとほんの少しの刺激を与えれば達することができる状態だったらしい。
そんな状態のままでいるのは、さぞや苦しかったに違いない。
もっと早く様子を見にくれば良かったと、後悔する京介だ。

脱力した身体を広い胸に預け、冬香は深い呼吸を繰り返した。

「ご……ごめ……」

「いい、謝るな」

しっかり吐き出したというのに、手の中のものは依然、熱を帯びている。
一向に萎えない。その兆候もない。
まだ足りないようだ。もっと出させたほうが楽になるだろう。
だから京介は、それを握り直し、再び上下に動かした。

「あ、や……も、もう、いいからっ……じ、自分で、やる……っ」

「できないだろうが。俺に任せろ」

「あっ……あ―――う……んっ……んん……ぅあっ……」

元々ハスキーな声が絶妙な具合にかすれ、とんでもなく悩ましく聞こえる。
それに混ざる吐息は、ひどく甘くて色香がある。

まずいな、と京介は思った。
こんな声をずっと耳にしていたら、また我を忘れてしまうかもしれない、と。

(……いや。今更、構わないか)

すでにもう、こんな行為にまで及んでいるのだ。
再び自失したところで、なんも問題も生じないだろう。

ほどなく冬香の先端から雫があふれ、とろとろと流れ出し、京介の手とオレンジ色の淡い茂みを濡らした。
最後の瞬間が近付いているようだ。
しかし、彼は中々放出しない。できないのではなく、しない。喘ぎながらも、懸命に堪えている。

「なぜ我慢する」

「だ、って……は、恥ずかし……っ」

それこそ、なにを今更、だ。

(……ああ、そうか)

恐らく、快感より羞恥のほうが上回っているのだろう。
切羽詰まっていた1回目と違い、今は若干ながらも余裕があるから、
他人の手によってイカされるのが恥ずかしいなどと思ってしまうのだ。
では、その余裕を奪い取らなければならない。
すべてに勝るくらいの快楽を与え、なにも考えられないような状態にさせなければ。

京介は冬香の顎をつかんで上を向かせ、最初から激しく口付けた。
容赦なく口内を
蹂躙(じゅうりん)し、荒々しく舌を絡め、きつく吸い上げる。
そうしながら、彼自身の鈴口を指先で執拗に攻めた。カリの部分と双珠への愛撫も忘れない。
人並み外れた大きい手ゆえ、同時に行なうことが可能だ。

冬香の羞恥心は、あっけなく消え失せた。
京介の髪を握り締め、自らキスを貪り、無意識に腰を揺らす。
唇の隙間から漏れる声は途切れることがない。

「んっ……ぅんっ……! んんっ……!」

あまりにも気持ち良くて、思わず京介の舌を咬んでしまったが、彼はまったく動じなかった。
それどころか、益々深く口付けし、手淫を濃くする一方だ。

痩身が幾度も震え、その分身も波打って更に大量の雫をこぼす。

「―――っ……!!」

とっさに息を詰め、ついに冬香は絶頂を迎えた。
痙攣する身体の動きに合わせ、白濁した体液が数回に渡って勢い良く吐き出される。

それが治まると、乱れた呼吸を繰り返しながら、ゆっくり瞼を持ち上げ、熱っぽい瞳で美顔を見た。
ぼんやりと見た。

「きょ、す……」

最後まで名を呼ばないうちに、すうっと目が閉じられる。
次いで聞こえてきたのは、寝息だ。精も根も尽き、完全に寝入ってしまったらしい。

つい先ほどまでの淫らな表情とは別人のような、あどけない寝顔を見下ろし、京介は深々と息を吐いた。
安堵と、少しばかり苦い思いを含んだ吐息だった。