ENCOUNTER〈6〉
京介は冬香の前で立ち止まると、持っていたコンビニの袋を差し出した。
中には様々な食べ物と飲み物が入っている。
「うわっ、あんがとっ。助かるぜっ」
冬香は嬉々としながら袋を受け取ってベンチに座り、京介は地面に伏している男たちに目を向けた。
「あ、そりゃ、えっと、さっき―――」
「知ってる」
「え……あ、もしかして見てたとか?」
「ああ」
京介が冬香を発見したとき、ふたりの男に絡まれていた。
急いで駆けつけようと思ったが、そうする前に冬香が男たちを倒してしまった。なんとも的確な攻撃だった。
(あれには、さすがに驚いたが……)
だが、考えてみれば、この少女は理事長室で少年院に入っていたようなことを言っていた。
つまり以前、相応の悪さをやったということだ。喧嘩に慣れていたとしても、なんら不思議ではない。
(……ふたりのほうは放っておいていいか)
倒れる際に頭を打ったりしなかったし、ひどい怪我を負っているわけでもない。
いずれ気がつき、自力で動けるだろう。
場合によっては救急車を呼ばなければならないと考えていたが、その必要はなさそうだ。
冬香がコンビニの袋をガサゴソと広げ、おにぎりを出して、
「いただきま」
と言いつつ頬張ったので、京介は立ったままタバコを吸い始めた。
凄まじい食欲の冬香である。おにぎり6個を続けて食べ、
ミニペットボトル入りの緑茶を1本一気に飲み干してから、今度は5本の海苔巻きを次々と平らげていく。
京介は内心、呆れた。
(この小さな身体のどこに入るんだ……)
海神から「とにかくよく食べる子だから、たくさん持って行ってやってくれ」と言われたので、
とりあえず従ったものの、実は買い過ぎたと思っていた。
しかし、この様子では、逆に足りないかもしれない。もっと多くても良かったかもしれない。
最後にサンドイッチ5個を完食し、缶コーヒーで締めた冬香は、
「ふう、喰った喰った。ごっそさん」
と、ごみをまとめて袋に入れ、それをベンチのそばのクズかごに放り投げた。
次いで元気良く立ち上がり、京介を見上げる。
「今の、いくらだ? 払うよ代金」
「俺は金を使ってない」
「へ? おめえが買ったんじゃねえの?」
「海神さんの後払いで買い物ができるように連絡しておくからと言われて、
マンションの1階のコンビニで適当に品物を選んだだけだ」
「へえ、あそこツケがきくんだ、おっちゃん。ま、大家なんだから当たり前か。
……あ、おめえ、ここまでなんで来たわけ? タクシー?」
「ああ。それも海神さんが手配してくれた」
「そっか。んじゃ、メシ代も足代もおっちゃんに払えばいいんだな。うん、わかった。
つっても、受け取んねえだろうなあ、きっと……」
「―――行こう」
京介がタバコを消して告げた。
「え、どこに?」
「この先に大通りがある。そこで待つほうがいい。
そうしないと海神さんが車から降りて俺たちを探さなければならない。
それに」
と、男ふたりを軽く顎で示す。
「この有り様を見せたくない」
「あー、そうだな。バレたら小言くらっちまう」
「そんな軽い問題じゃないだろう。結果的に無事だったとはいえ、
自分の預かる少女が危険な目に遭っていたかもしれないと知ったら、あの人もいい気分じゃないはずだ」
「―――」
きょとんとした冬香である。
だが、次の瞬間には思い切り眉を寄せ、大きな目を異様に鋭く光らせて、渾身のチカラで京介に殴り掛かっていった。
しかし、標的が素早く身を翻したため、勢い余って、そのまま道路脇の芝生に顔から突っ込んでしまう羽目になった。
すぐに起き上がり、口内に入ってしまった芝を吐き捨て、冬香が再び飛び掛っていく。
それを京介はまたしても難なくかわした。
(どうしたんだ、一体)
理由はわからないが、どうやら怒っているようだ。しかも相当。
だからといって、殴られてやるつもりなど更々ない。
「やめろ」
まず言葉で制止した。
「女と喧嘩する気はない」
重ねて言ったが、まるで耳に入らないらしい。
冬香が殴り掛かり、京介がかわす。その繰り返しである。
幾度目かの攻撃が外れたあと、冬香は地団駄を踏んだ。
「くっそ―――――っ!! なんで一発も当たんねえんだよっ!?」
「攻め方が単調だからだ」
「黙れっ!! 冷静に答えてんじゃねえっ!!」
「いいかげん諦めろ。何度やっても無駄だ」
「やかましいっ!!」
また冬香は突っ込んでいった。
それを避けながら、
(これじゃ
そう思った京介は、素早く冬香の背後に回り、その小さな身体を両腕ごと自分の腕の中に拘束して、そのまま高々と持ち上げた。
「なっ、なにすんだ、てめっ!! 人を荷物みたいにっ!!」
冬香は自由が利く脚をバタつかせて力一杯もがき、京介の膝や腿をガツガツと蹴りつけるが、彼は微動だにしない。
また、思い切り首を振り、後頭部で京介の喉元をゴツゴツと打ちつけても、彼は変わらず平然としている。
「あー、もうっ!! こんちくしょうっ!! 放せよっ!! 下ろせっ!! 下ろせったらっ!! このクソバカヤロオッッ!!」
「もう暴れないと約束したら放す」
「誰がするかっ!! 絶対ブン殴ってやんぞ、てめえっ!!」
京介は仕方なく、冬香の身体を縛りつけている自身の両腕にチカラを加えた。
途端に冬香が息を詰め、小さく呻く。
「っ……!」
「約束するか」
「や……やだ……っ」
京介は更に強く締めつけた。
「あっ……! くっ……!」
「約束しろ」
「……や……だ、って……言っ……」
(まったく……)
かなり痛いはずなのに、懸命に耐えている。なんて勝気な。
それに、正直でもある。約束すると嘘をついて腕をほどかせ、また殴り掛かるという手段もあるのに、そうしようとしないのだから。
なんにせよ、これ以上は無理だ。これ以上のチカラを加えたら、きっと骨折させてしまうだろう。
降参したのは京介のほうだった。
そっと冬香を地面に下ろし、小さな身体から両腕を放した。
(また殴りかかってくるかもしれない……)
だが、その予想に反し、もう冬香は暴れなかった。
京介に背を向けたまま立ち尽くし、かすかに双肩を震わせている。
「―――ちっくしょおっ……!!」
絞り出すように言うと、突然ブルゾンを脱いで足元に叩きつけた。
そしてパーカーの裾に手をかけ、勢い良くめくり上げる。
(今度はなんだ)
この少女の行動はさっぱり理解できない。
とはいえ、黙って見ているわけにもいかないので、
「よせ」
無駄だろうと思いながらも、とりあえず京介は言った。
「一体なんの真似だ。やめろ」
続けて告げたが、案の定である。
制止の言葉を無視して、冬香はパーカーも、その下に着ていたTシャツも、荒々しい手つきで剥ぎ取ってしまった。
薄闇の中に、裸の背中が現われる。なんとも瑞々しいミルク色の肌だ。
次いで、くるりと振り返った。恥じらいも
「……!」
それまで絶えず無表情だった京介が、そのとき初めて双眸を見開き、驚きを露にした。
いや、驚きを隠せなかった、というべきだろう。
冬香の裸体の胸部に、あるべきはずの乳房が存在していなかったからである。
(―――男……!?)
一瞬、我が目を疑ったが、間違いない。確かに男の身体だ。
線は細いものの、辛うじて逆三角形で、二の腕と胸部にはうっすら筋肉が乗り、
かすかではあるけれど腹筋も割れている。服の上からは全然わからなかった。
(そうか―――男だったのか……)