DISTRESS〈7〉




「―――っ!!」

その刹那、身体が引き裂かれて内臓が押し出されたと思った。
これまでの人生で味わったことのない、凄まじいくらいの苦痛だ。
喧嘩してボコボコに殴られるほうが、もしくは寄ってたかって袋叩きにされるほうが、
まだ遥かに楽ではないだろうか。

尚も押し広げられ、強引に進入されたので、とても耐えられない。
あまりの痛みに声を上げることすらできず、冬香は気絶してしまった。

彼の秘孔には、深々と巨根が埋め込まれている。しかも、決して少なくない量の血が流れている。
ほぐすことも慣らすこともしなかったのだから、無傷で受け入れられるはずなどなかったのだ。

薄く息を吐き、いったん京介が自身を先端まで引き抜いた。
その動きが新たな激痛を生み、それによって冬香の意識が呼び戻される。

「う……ぁ……」

かすかに呻くのが精一杯。

すぐにまた男根を突き
()れられて、再び気を失った。

本格的な律動が始まると、気絶と覚醒の繰り返しだ。
意識があるのかないのか、自分でも判断がつかなくなる。
肉を打ちつける音と湿った音が、遠くから同時に聞こえてくる。

とにかく痛い。ひたすら苦しい。
まるで灼熱した鉄の棒で体内を掻き回されているような感じだ。
拷問以外の何物でもない。

冬香は懸命に手を伸ばし、きゅっとシーツを握り締め、なんとか身体を前に進めた。できる限り、ずり上がった。
しかし、即座に腰をつかまれ、元の位置まで引き戻されて、秘孔をえぐるように激しく攻め立てられてしまう。
逃げようとした罰だとでも言わんばかりに。

もう呻く気力すらなかった。息も絶え絶えになっただけだ。

誰か、誰か助けてくれ。
じいちゃん、父ちゃん、母ちゃん、ハルちゃん、ナッちゃん、アキちゃん、タカじい、おっちゃん、マキちゃん、
ワンコ、ちゃぺ―――カズミ。誰でもいい。誰でもいいから、ここに来てくれ。京介を止めてくれ。やめさせてくれ。
それが叶わないなら、いっそ殺せ。ひと思いに殺してくれ。
こんな苦痛を味わうくらいなら死んだほうがマシだ。ずっとずっとマシだ―――

苦しいのか否か、次第にわからなくなってくる。感覚が麻痺してきたのかもしれない。
すでに自分の身体ではないような気さえする。

急に京介が動きを止め、繋がったままの冬香の身体を反転させて彼の両脚を抱え上げ、行為を再開した。
後背位に飽きたので正常位にしたようだ。

向かい合う体勢になったため、冬香の視界に京介が入ってくる。
しかし、彼のシルエットしかわからない。目がかすんでいて、ぼやけていて、表情は見えない。

いつまで続くのだろう? いつ終わるのだろう?

容赦なく突き上げられ、がくがくと身体を揺さ振られながら、冬香は泣いた。ただ涙を流して、静かに泣き続けた。
けれど、やがて涙も出なくなる。次第に乾いていく。

しばらくすると、京介が冬香を抱えて起き上がり、あぐらをかいた。
そして痩身を膝に乗せ、腰を支えて上下に揺すり始める。
また飽きたので体位を変えたらしい。

冬香はまるで人形のようだ。京介の手の動きに合わせ、ゆらゆら揺れるばかりである。
意思も思考もなにもない。朦朧としている。

玩具の如く扱われているうち、いつしか完全に気を失ってしまった。

それでも京介はやめなかった。長い長い蛮行だった。





豪雨は段々静かな雨になり、明け方には止んだ。天気予報の通りだった。
間もなく日差しが照らし、気温が上昇を始めた頃、ようやく京介は冬香の中から自身を抜いた。
大量の精液と血液が一気に流れ出てくる。

大きな体躯が小刻みに震えていた。すっかり血の気が失せていた。

「にゃぁ……」

ちゃぺが悲しそうに鳴く。いつの間にか枕元に来ていた。

その声で京介は我に返り、愕然としている場合ではないと気付いた。
まずタオルを濡らして冬香の全身を綺麗に拭き、その傷の手当てをしてパジャマを着せ、
いったん彼をソファーに移してからシーツを取り替え、整えたベッドに彼を戻してタオルケットを掛けた。
次いで自分の身体を拭いて部屋着を着込み、汚れた床を掃除する。
その間、ちゃぺは冬香のそばから離れなかった。

ベッドの傍らに
(ひざまず)き、オレンジ色の髪をそっと撫でた京介の顔は、尋常ではないくらい青ざめている。
眉間には深い皺が刻まれ、ひどく厳しい表情だ。

己れに誓ったはずだった。この子を守る、誰にも傷つけさせないと、固く誓ったはずだった。
なのに、自分が傷つけてしまった。しかも、レイプという最悪の形で。

(なんてこと……なんてことを……!)

止めようとした。必死に抗った。けれど、叶わなかった。

もしかしたら、冬香のことを気に入ったのだろうか?
だから表に出て来て、ああいう行為に及んだのだろうだろうか?
そうかもしれない。
彼と交わっているときに大層喜んでいるのが、よくわかった。
彼の中で達したときに異様に興奮しているのが、いやというほど感じられた。

こんなことになるくらいなら、嘘でもいいから冬香の想いを受け入れ、早々に肉体関係を持つべきだった。
そうすれば、こういう事態に陥ったとしても、冬香の心と身体の傷は辛うじて深くなかったかもしれない。
初めてのセックスが無理やりで暴力的なものだなんて、あんまりだ。

(……いや、違う。そうじゃない……)

もう認める。認めるしかない。

(俺は、この子が好きだ……恋愛という意味で、好きなんだ……)

最初は確かに保護者だった。なにをやらかすかわからなくて、危なっかしいから目が離せなくて、
手の掛かる子供を持ったような気分だった。

でも、冬香が想いを寄せてくれていると知ったとき、応えることはできないと承知しながらも、
それが叶ったらどんなに嬉しいだろう、どんなに満たされるだろうと夢想してしまった。
また、彩家辰巳が近寄って来ると無性に腹が立ち、この男には冬香を渡したくない、誰にも渡したくないと心底思った。
それに、あの晩、泥酔した冬香にキスをねだられ、自慰の手助けをしたとき、
もっと触れたいという気持ちが湧き上がってきた。これ以上のことがしたいと、猛烈に。
ただ、それらの感情に気付かない振りをしただけだ。黙殺しただけだ。

自分の意思で抱きたかった。
得体の知れないものの汚い欲望に支配されてではなく、冬野京介としての意識をはっきり持って、
冬香を包み込むように抱き締め、たっぷりの口づけと愛撫を施し、きちんと快感を与えて存分に感じさせ、
受け入れる準備が整ってから契りたかった。
だが、もう遅い。もう取り返しがつかない。手遅れだ。

「にゃー……」

ちゃぺが枕元で小さく鳴いた。
京介の心情が理解できるのか、なんとも切なそうな眼差しで見つめている。

「すまない……おまえにも、怖い思いをさせてしまった……」

ゆうべ、いきなり発作が起きた。冬香が入浴していたときだ。
このマンションへ来て2日目の夜以来なので、ずいぶん久し振りのことになる。
途端に愛猫が怯えた。当然の反応だった。

「俺を恨むか……」

低く問うと、ちゃぺが首を横に振る。

「にゃあにゃあ、にゃあにゃあにゃー」

そんなことないよ、しょうがなかったんだよー、と言ったようだ。

その頭を撫でて、京介はベッドに顔を伏せ、きつく唇を咬み締めた。
下唇が裂け、じわりと赤いものが滲む。

これほど後悔したことは今までにない。これほど己れの血を嫌悪したことも、憎悪したことも。
この世から自分を消し去ってしまいたい。抹殺してしまいたい。
だが、不可能だ。普通の人間なら
容易(たやす)いことなのに―――

間もなく、落ち込んでいる暇はないと思い直し、京介は顔を上げた。普段通りの無表情だった。
そして愛猫を見やった。

「買い物に行って来る」

「にゃ?」

「冬香がまともに食べられないかもしれないから、消化のいいものを用意しておかないと。
留守番を頼む。冬香についててやってくれ」

「にゃ」

立ち上がって個室をあとにした京介は、そのまま玄関へ直行。
靴を履き、ドアを開けて閉めた。すぐ戻るつもりなので鍵は掛けなかった。


閉扉する音をおぼろげに聞いて、ゆっくりと冬香が目を開ける。

ちゃぺが安堵の息を吐き、彼の喉元に顔をこすりつけた。
しかし、愛猫には気付かないらしく、視線をさまよわせるだけの冬香だ。

「……逃げなきゃ……」

かすれた声で呟き、のろのろと起き上がってベッドから下りた。

「にゃー、にゃーにゃーにゃー」

焦った様子で、ちゃぺが鳴く。起きちゃだめだよ、寝てなきゃだめだよー、と告げるように何度も鳴く。

だが、その声は冬香の耳に入らないらしい。
おぼつかない足取りで歩き、玄関に着くと扉を開け、裸足のまま廊下へ出た。

鼻先でドアが閉じられてしまい、ちゃぺが追い掛けることはできなかった。

幾度か転びそうになりながらも足を進め、冬香はエレベーターに乗り込む。無意識的に1階のボタンを押す。

「……逃げなきゃ……逃げなきゃ……」

スッと扉が開いたので、降りた。よろよろ歩いて、外を目指す。
普段なら数十秒で行ける距離なのに、今は遠い。やけに時間が掛かってしまう。

ようやく最初の自動ドアに辿り着いて寄り掛かったとき、背後でチンと音が鳴り、エレベーターの扉が開いた。
そして降りてきたのは、Tシャツにジャージという服装の辰巳だ。首にタオルを掛けている。

「―――チビちゃん?」

冬香に気付くと、驚きながらも急いで駆け寄った。

「こんな時間にどうしたの? パジャマ姿でどこ行くつもり?」

「……逃げなきゃ……逃げなきゃ……逃げなきゃ……」

虚ろな瞳で、うわごとのように同じ言葉を繰り返し、両頬に冷却シートを貼っている冬香を見て、
辰巳は眉をひそめた。次いで、

「ごめんね、勝手に連れて行くよ」

と一応ひとこと断わってから、痩身を抱き上げようとした。

だが、弱々しいながらも冬香が拒み、反射的に身をよじる。
途端にバランスを崩してよろめき、その場に尻もちをついてしまった。

「おっと、大丈夫かい?……チビちゃん?」

顔を覗き込むと、冬香の目つきが変わっていた。焦点が合っている。
尻もちをついた際の衝撃によって、正常な感覚が復活したらしい。

冬香は何度も瞬きした。

(……え―――え……?)

身体の奥がズキズキする。痛みが疼いている。

(な、に……?)

頬も痛い。
指先で触れてみると、冷たいシートがあった。

(え、っと……?)

一体なんだ? なにがどうなっている?

「どうやら正気に戻ったみたいだね」

そう言いつつ辰巳がにっこり笑い、改めて冬香を抱き上げた。

(え……ヘンタイヤロー……?)

「俺の部屋に行くから、それまで暴れないでね。
ああ、心配しなくていいよ。チビちゃんを休ませたいだけだから」

そして足早にエレベーターへ乗り込んだ。

(なんで……? なんで、このヤローが一緒にいんだ……?)

益々わけがわからない。さっぱり状況がつかめない。

(オレ、どうしたんだっけ……? えっと……?)

きょとんとするばかりの冬香だったが、202号室へ運ばれ、その個室のベッドに下ろされる頃には、
顔面蒼白で全身をぶるぶる震わせていた。

思い出した。悪夢のような出来事を鮮明に。
京介に殴られた。京介のものを強引に口に入れられた。京介に犯された。
だから頬が痛むのだ。だから身体の奥がズキズキするのだ。
夢でも幻でもない。すべて現実。実際に起こったこと。

「う………あ―――あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!」

今になって絶叫が出た。やっと思い切り声を発した。
同時に涙も出る。ぼろぼろと流れ落ちる。

頭を抱えて尚も泣き叫ぶ冬香を、辰巳は黙って毛布で包み、そっと抱き締めた。
次いで、まるで子供をあやすように、ゆっくりと彼の背中を撫でた。