CAMPUSU〈2〉




(どういうことだ……?)

見過ごすわけなどない。離れたところにいたけれど、ずっと目を離さなかったのだから。
必ず冬香の姿が視界に入ってきたはずだ。

もしかして、このドアから出なかったのか? ほかの場所から出たのか? 
きっとそうだ。そうとしか考えられない。

でも、なぜ? どうして?

(……俺を避けてる、のか……?)

まさか。違う。それはない。避ける理由がない。なにも思い当たらない。

いや。そんなことより、一体どこから?

隅々まで見回すと、奥のほうに扉があった。たぶん非常口だろう。
そのドアに駆け寄って、開扉してみる。裏庭が広がっていた。
日当たりが悪いため、少々暗い。なんだか湿気が漂っているような感じだ。

京介は外へ出た。
途端に頭上から声が降ってくる。

「あっ、冬野さんっ」

見上げると、2階の窓から女子学生がふたり、上半身を乗り出していた。
どちらも京介の知らない顔だ。焦ったような表情をしている。

「あの、今、ファン・クラブのほかのメンバーが手分けして冬野さん探してるんですけど、
会いましたかっ? 早乙女さんのこと聞きましたっ?」

「いや。冬香がどうした」

「あたしたち、偶然ここから見ちゃったんですっ。
早乙女さんが男の人たちに無理やり連れてかれるとこっ」

「その人たち、あそこのプレハブのほうに向かってましたっ。
どこに入ったのかまでは遠くてわからなかったけどっ」

「ありがとう」

京介は即座に走り出した。

背後から、「こら! 静かにしろ!」という怒声が聞こえてくる。
ふたりが授業中に廊下で大声を出したため、教室内の講師に叱られたのだろう。

気の毒に思うが、助かった。ファン・クラブの面々に感謝したい。
しかし、なぜ冬香がそんな目に遭うのか? 男たちとは何者だ?

20棟ほど並んでいる大型のプレハブ小屋は、主に学生がサークルや同好会の活動に使っている。
倉庫代わりに使用されているものもいくつかある。




(くっそお、なんなんだよぉ、もう……)

トイレで手を洗っていたら、いきなり後ろから口を塞がれると同時に羽交い絞めにされ、そのまま連れ出された。
動きを封じられてしまっては、相手を殴るどころか、暴れて抵抗することさえできない。
プレハブのひとつに連れ込まれたあと、口にガムテープを貼られ、両手と両足首を縛り付けられ、床に転がされた。
まるで芋虫みたいだと冬香は思う。

目の前に、男が4人、立っている。ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。
その中のひとりが先ほど電話を掛け、すぐ来るように言っていた。一体、誰を呼んだのか。

(や、んなことより、きっと心配してるよなあ、きょおすけ……。オレを探してっかもなあ……)

と冬香が溜め息をついたとき。

ガラッと扉が開き、ふたつの人影が入って来た。そして、

「ずいぶん早かったじゃない。まさか、きょう実行するとは思わなかったわ」

「ほんとに誰にも見られなかったでしょうね?」

と男たちに告げる。

(……あれ? このふたり、どっかで会ったことあるような……)

「そりゃあ早くやるさ。こんなに割りのいいバイトは中々ないからな」

「誰にも見られてねえよ。トイレから人がいなくなったときに拉致ったんだ。
こいつだけ残ってたのはラッキーだったぜ」

「朝からチャンス狙ってた甲斐あったよな」

「そっちこそ、ほんとに約束通りの金払えよ?」

男の問いに、ふたりのうちの片方が頷き、

「ええ、もちろん払うわよ。ちゃんと最後まで働いてくれたらね」

そう言いつつ、冬香に視線を移した。憎々しげに睨みつける。

「なに不思議そうな顔してるの? もっと怯えたらどうなのよ?」

「こんな格好させられても、まだ自分の立場がわかってないんじゃない?」

と、もうひとりが続けた。やはり恨みがましい眼差しで。

(……あ―――ああ、そっか、アイツらか)

ようやく冬香は思い出す。いつだったか学食で、京介が席をはずした際、
わざと聞こえるように悪口を並べていた女たちだということを。

「―――っ!」

たまらず冬香は顔をしかめた。
いきなりピン・ヒールで頬を蹴られたので当然だ。鋭い痛みが走る。

「おい、やめろよ。せっかく可愛い顔してんだから、もったいねえことすんな」

男のひとりが止めた。

「だって腹立つんだものっ! あんな恥かかせてっ!」

「そうよっ! 思い出しただけでムカついてたまんないわっ!」

またピン・ヒールの一蹴が来る。今度は別の女だ。
冬香は歯を喰い縛った。

「やめろって。あんたら、もう外に出てろよ。終わったら呼ぶから」

「ああ、傷だらけにされちゃ興醒めだ。ほら、おとなしく外で待ってろ」

ほかの男たちも仲裁に入り、ふたりを半ば強引に追い出す。

「ちょっと! ちゃんと仕事しなさいよね! わかってる!?」

「ちゃんとやらなきゃ払わないからね、バイト代!」

「はいはい。それより見張りのほう頼むぜ。ここ鍵が掛からないし、誰が来るかわからないからな」

扉が閉められ、4人は冬香を取り囲んだ。

「あーあ、ほっぺから血が出てんじゃねえか。ひでえことしやがるなあ」

「プッ。なに言ってんだ、これからやることのほうがもっとひどいだろうが」

なんとなく状況が読めてきて、呆れてしまう冬香だ。

(つまり、あんときの仕返しにオレを痛めつけるため、コイツらを金で釣ったってわけだな、あのブスどもは……。
やっぱ、すげえ性格ブスだ……)

それにしても、悔しい。
たった4人くらい、ぶっ飛ばすのは簡単なのに、こんな芋虫みたいな状態では手も足も出せない。

(……しゃあねえ。タコ殴りにされるしかねえか、今は)

「しっかし、女って怖いよなあ。
輪姦(まわ)してビデオに撮れなんてさあ」

(な、なにい!?)

男の台詞に、冬香はギョッとした。

『輪姦す』の意味は知っている。昔つるんでいた連中が頻繁に使った言葉で、実際にやっていたからだ。

「しかも、それネットに流すつもりなんだろ? ほんと怖いぜ」

「あ、驚いてるよ、この子。自分がどういうことされるか、やっとわかった?」

「鈍いなあ。女が密室に連れ込まれたら、やることはひとつしかないのに」

(どアホッ!! オレぁ女じゃねえってばっ!!)

「うーん、やっぱりガセだよなあ、実は男だなんて」

と、ひとりが言い出した。

「ちらっと聞いたんだけど、こんな顔した男がいるわけないもんな」

「男? この子が? だったら俺たちに輪姦せなんて頼まないだろ?」

「あいつらが知らないだけかも。ほかに友達いないじゃん」

冬香はこくこく頷いた。

(そうだよっ! アイツらが知らねえだけだっ!)

「ガセだろうさ。どこからどう見たって女じゃねえか」

(ち〜が〜う〜〜〜〜〜っ!!)

「じゃあ、そろそろ始めようぜ。ビデオの準備はいいか? 一番手、誰だっけ?」

「俺だよ、俺。う〜、こんな可愛いのとヤレるなんてゾクゾクする〜」

ひとりの男が冬香に馬乗りになり、ジーンズのファスナーを下ろした。

「まずは咥えてもらおうかな。1回抜いたほうが長持ちするし」

(げっ!! やめろっ!! んなモン出すんじゃねえええええええっ!!)

必死に顔をそむけるが、顎をつかんで引き戻される。
そしてガムテープを剥がされ、すでに屹立している男の一物を口元に押し付けられた。

(うげええええええええええええええええええええええええええええっ!!)

気持ちが悪い。込み上げてくるものがある。もう吐きそうだ。

「ほら、さっさと開けろよ。舐めて咥えろって」

(ふざけんなっ!! できるかンなことっ!!)

自分は男なのだと告げれば、きっと行為をやめるだろう。
でも、言えない。口を開けたら、目前のグロテスクなものが口内に入ってきてしまう。

「しょうがないなあ」

男は呟き、懸命に口を閉じている冬香の鼻をつまんだ。

(こっ、このヤロォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!)

「さあて、いつまで我慢できるかなあ」

(いつまでだって我慢してやるさっ!! 負けてたまるかクソったれっ!!)

だが、次第に苦しくなってくる。胸が痛い。頭がぼうっとする。

だめだ、もう限界―――

そう思ったとき、外から物音が聞こえてきた。ドサッという、なにかが倒れるような音がふたつ重なって。
次いで、床や天井が揺れる。グラグラと揺れ続ける。

「うわ、なんだ? 地震か?」

「大きいな、やばいかも」

「いったん中止だ。ひとまず出よう」

男たちは慌てて避難した。

ひとり残された冬香は、それどころではない。ようやく思い切り呼吸した次の瞬間、激しく嘔吐してしまったのだ。
繰り返し吐いた。涙まで出た。

ものすごく苦しい。まだ気持ち悪い。もう吐くものなんてなにもないのに。

(―――え……?)

いつの間に入って来たのか、そばに人影があった。
京介だ。
手と足の縛めを解いてくれる。自分のシャツの袖口で口の周りを拭いてくれる。

そして抱き上げられると、冬香は弱々しく身体をよじった。

「ダ、ダメだ……吐いて、オレ、汚ェ……」

「気にするな」

「だって、おめえの服まで、汚れちまう……」

「いいから、じっとしてろ」

「……ごめ……」

京介に運ばれながら、そういえば男たちはどうしたんだろうと思う。

外へ出ると、倒れている4人が見えた。ふたりの女も地面に伏している。

(……きょおすけが、やったのか……?)

問うまでもない。決まっている。ほかには誰もいない。

(けど、なんでコイツ、ここに……?)

いや、今はいい。あとで訊こう。
それより、この不快さをなんとかしたい。未だに気持ちが悪い。

(―――同じだな、あんときと……)

いやなことを思い出してしまった。せっかく綺麗さっぱり忘れていたのに。
でも、あのときのほうが今より何倍も不快だったと思う。血の味までしたのだから。

それを消し去るように首を小さく左右に振り、冬香は瞼を閉じた。